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最新の活動報告のページです。写真付きでお楽しみください!
ザンビア人の特徴
ICAザンビアの業務水準
るいんば村での私個人の活動報告 10月-12月 2001
寄付支援ともっとも貧しい人々を見つけ出す必要性
るいんば村でのICAの活動報告 2001
空手クラブの可能性
The Master Of Life
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当然、各社会階層によって大きく異なる。上流階級ザンビア人と白人しか来ない社交場から、
庶民の住居や市場、そして僻地の村人達まで幅広く接する機会を積極的に作ってきた。

ザンビア人はパーティー大好き!
上流階級者
上流階級者は礼儀を重んじ、ヨーロッパ人と同じ振る舞いをする。
「ザンビアを代表している」という意識も高く、
常に外国人に失礼の無いように気を使ってくれているのが判る。
外国生活もあるせいか、自国の良い点、悪い点をよく認識している。
面白いところでは、日本の神道のようなアニミズムを高く評価し、
アフリカに元来あったそれを再評価するという意識を持った人が多いと感じた。
中には、リムジンを(ザンビアに二台しかない)庶民の住宅地付近で
意味も無く乗り回すというような人物にも出会った。(笑)
庶民(ルサカ街中)
上昇志向が強い人と、そうでない人はどこにでもいる。
全体的には「Go West」(欧米へ)の精神は日本人と同じように?高いと感じる。
決定的に雇用機会が皆無に等しいこの国で、スポンサー探しは難しい。
自己の売り込み活動もなかばあきらめざるを得ず、
アイディアがあってもまとまったお金が無いために仕事を始められず、
なんとか食いつなぐという人が多い。どこでもそうだが、
資金のある人とない人の経済格差がどんどん開いていく。
チャンスの機会が少なく、コネ社会なので「金銭面、立身は人に頼る」という風潮になりやすい。
もちろん立派に一生懸命働いて生計を立てている人びととも数多く出会った。
同出身地域による仲間意識が強く、ちょっとした共同体を形成し、
仕事の上でも助け合っている。

街の子供たち
ビレッジの人々
村の中でも階層が分かれるので一まとめにはいえないが、
教会の影響力が街に比べて非常に強く、
ここでモラルや共同体意識を強く学んでいる。
村落特有の「隣の芝生が気になる」という関係になりやすい。

ルインバ村の市場で働く子供たち
全体的な印象とこれからの私の交際姿勢
極論になってしまうが、自己に対しても他人に対しても「厳しさ」が足りない。
ザンビアにある日蓮宗日本山の住職(彼は二十年間、僻地で仏教普及と村落開発に勤しんでいる)は
「共同体の為に命をかけて、というような人物が出てこない」
と語っていたが、私も同感である。
私自身も当然そこまでの人物では無いが、
日本の戦後などにはそのような人々が何人か輩出されていた気がする。
これからの私の交際姿勢として技術援助もさることながら、
「心の響きあい」を重んじていきたい。
正しい生き方というものは歴然としてこの世にはある、と私は思っているので、
相手に彼自身を滅ぼすと思われるような「甘えの心」があれば
口で指摘せずとも態度で示し感じさせてあげたい。
私自身若造なので思い上がりたくも無いが、もし私に「徳」が少しでもあれば、
周囲に変化を与えられるかもしれない。
もちろん現地の人々の立場とプライドを傷つけず、不快感を与えずに、である。
指摘せずとも私という人間の生命自体の影響で開発が自然に起これば言う事は無い。
究極の目標であるが日々の実践あるのみである。

ザンビア唯一の仏塔
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配属先のNGO、ICAZが抱えていると思われる問題点と改善策を羅列してみる。
ダイレクター中心主義
これはおそらくザンビア社会全てが抱える問題である。
もともと村落のチーフ中心社会からくる文化の名残であると推察される。
全ての事柄がトップのダイレクターの承認を得てはじめて動き出す。
それがどんな細かいことでも、である。
ゆえに業務においてはどうしようもなく小回りが効かない。時間がかかる。
承認待ちでダイレクターが事務所に来るのを各プロジェクトオフィサーたちが朝から待ちつづけ、
結局来ず、一週間も業務が足止めを食らうなどは日常茶飯事である。
ある程度、決定権を分散する必要がある。
しかしこれに関しては、容易に変える事は出来ないであろう。

村の一般的な教会 地域社会の中心的役割を果たす
2. 業務遂行管理システムの無徹底
一概にこう書いてしまうのも乱暴であるが、
日本でよく言うところの「仕事だから真剣に」というプライベート時間との切り替えはやはり、無い。
それぞれ各オフィサーは問題点を把握していて、
先日行われた年度末ミーティングでも抱えている業務上の問題点の分析に四日間かけて話し合われた。
PDM(プロジェクト・デザイン・マトリックス)の作り方も皆良く知っているのだが、
分析作業は分析作業のままに終わり、実際に業務に生きてくるかは疑問である。
よく理数科教師隊員も言っているが「理論は覚えているのに、実践できない生徒が多い」
という言葉は言い得て妙である。
彼ら自身、その弱点を把握していて、業務をチェックしてくれる外国人のスーパーバイザーを欲している。
しかしそれは時には「命令待ち、他力本願」に繋がる可能性もあるので、
私自身はスーパーバイザーのポジションだと判らないように、
すこしずつ影からその役割が出来ればベストであると考えている。

水汲みのために何キロも歩く
3. ドナー数の減少と広報活動パブリシティの弱さ
近年、ICAZのドナー(資金支援団体)は減少している。
ドナー獲得のための広報担当はわずかに一名である。
基本的にはコネと、営業活動から新ドナー発掘をしている。
NGOのドナー獲得活動を営業と呼ぶかは疑問であるが、以下に現行の手順を述べてみる。
まず、年度末に各エリアサイトごとにアクションプランを作成し、
ザンビアに事務所の在る外国のNGOならびに外国政府援助組織の事務所(JICAなど)を訪れる。
各エリアのアクションプランにそれぞれのドナーがつく。
中にはドナーのつかないエリアサイトもあり、去年一年間プロジェクトがなにも動かなかったサイトもあった。
通常ドナーは二年から三年間のスパンの計画に資金を出す。
この方法だけでうまく行っているうちはいいが、NGOは基本的に他力本願なので、
ドナー獲得の営業活動は死活問題である。
現在、インターネットで英語のホームページを作り、ネット上でアクションプランを公開したり、
世界の各NGOと外国援助組織のメールアドレスにプランを送付したりといった活動
を私の出来る範囲でしていくつもりである。

とてもシャイな子供たち
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1. 日本用のホームページの作成と寄付の呼びかけ、ならびにペンフレンドの募集
「ルインバ村」のホームページを開設した。
主旨としては「ルインバ村の村人達と日本国民をパートナーとして、
一対一そして集団対集団の交流に導く」というものである。
手段として手紙による交流をとり(英語による)これに付随する形で
日本人側に希望があれば日本から物品、金銭の寄付をしていただき、
お返しとして村人からメッセージレターと私が村人達を撮影したビデオを送るという形を取っている。
これは仕事の忙しい日本の人々が疲れを癒され、
現在の彼らの仕事に意義をより強く感じられるようにと考えたものである。
辛い時に心のどこかでルインバ村の人々のことを思い出せるように。
また集団対集団のものとして日本の各学校に呼びかけ、
クラス単位でペンフレンドのパートナーになってもらい、
ルインバ村の学校やその他の子供達との交流をはかるものとする。
ルインバ村のビデオは視聴覚教材などにも使っていただく。
老人ホームなどで映像を流してもらうのも良いだろう。
英語教師の方から「英語教育にペンフレンド・システムを役立てたい」という問合せも良くある。
その他は「古着の寄付について」と「ペンフレンド希望」についての問合せが多い。
なかには「途上国開発について教えてください」というようなメールも多い。
私自身はまだ開発の何たるかを述べられるような人間ではない。
しかし自分の勉強にもなるので、逐一、返事を丁寧に書いている。
このホームページプロジェクトの意義としてザンビア人への支援と同時に
「日本人の意識改革」も重要なテーマである。

日本からのクリスマスプレゼントに喜ぶ!
2.フォスター・プラン(里親制度)
教育費の募集と管理を行っている。

学校に行かずに働かなくてはいけない子供達
3. 配属先ICAZのドナー獲得用のプロモーションビデオ作成
これは現在継続して作成中のものである。折をみてミーティングやプロジェクトなどを撮影している。
ナレーション、音楽も入れたアーティスティックなものにするつもりである。
開発援助の広告はその性格上、地味で面白みに欠けるものが多いように思う。
それにより開発援助は自分達とは関係が希薄な「閉じた世界」である、というイメージを人々に持たせてしまっている。
開発とアートの融合は、私のひそかな野望である。
4. 村落開発資金の獲得
村人達の手で出来うる現金収入獲得の方向性を探る。
現在、ICAZのオフィサーや村人とともにジンバブエやモザンビーク、タンザニアから物品を輸入し、
ルサカで売ってプロフィットを得、村のプロジェクトに還元するという手段を模索中である。
いまのところベットカヴァーをはじめとするいくつかの商品で若干のプロフィットが出ているが、
確立するまでにはまだまだ時間がかかる。
5. 人脈の拡大
これは日常生活がそのまま直結してくる。
私の友人である女優のフェニーが、最近名実共にザンビアいちの女優になった。
今後彼女を村の各種啓蒙活動のワークショップにゲストとして招き、協力していただこうと思っている。
この他の方たちとも具体的になりそうな話はじっくり吟味の上、進めていきたい。
どこまでも続くザンビアの道
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単純に「貧しい人々に支援を」といっても実際に行うのは大変である。
ポイントは「貧しい人々」に「公平に」分配することである。
各物品が誰から誰に渡ったかが明白になるように(顔の見える交流ということで)
名前を控え、写真とビデオに納める必要もある。
第一の方法はバザールにて極貧の人でも買えると思われる値段を住民自身に設定してもらい、売るという方法。
1人1品しか購入できないこととする。これは「公平に」を考えた方法である。
無料で分配となると「あの人はもらったのに私はもらっていない」という不平不満が起こる。
これを防ぐために遠方僻地に住む村人が村の中心地に出てくる日にちにバザールを行う。
第二の方法は極貧と思われる地域に配りに行くことである。
ロバート・チェンバースも著書で述べているように、本当のもっとも貧しい人々はなかなか見つけにくい。
道の無いような遠隔地に住んでいるからだ。
よって雨季が本格的になる前にこのような「The Poorest People」を見つけ出さなくてはならない。
そしてここでも「援助なれ」を防ぐためになるべくメイズやレイプなど何らかの物との交換という形にする。
分配が終われば、日本に村人からのお礼の手紙や簡素な贈り物、ビデオレターを送る必要がある。
このように誰が誰に物を送ったかを明確にし、その後も継続するパートナーシップを各々が保っていけるように
配慮しているつもりだ。それは私が任期を終え、ザンビアを去った後も続くようなものにする必要がある。寄付物品以上にその仮定が大切である。
単に物品が目当てのものではなく、それ以上の大きなムーブメントが起きてくることを期待している。

日本からの服をいただき笑顔 !
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ルインバ村でのICAの活動報告(Luiimba Development Project 2001)
2001年は以下のプロジェクトが行われた。
1. 新しく4つの農民クラブを政府のソサエティズ・オフィスに登録する
2. 45の穀物貯蔵箱を新しく作る
3. 2つの井戸を新しく作る
コメント 農民の需要が高かったため、手作業の協力が多く得られ短期間で出来た。

ICAにより建てられた井戸
4. 1つのディップタンク(家畜を薬品で洗浄し殺菌するタンク)の建設
コメント 牛が皮膚病で多く死んでいるので、建設に急を要した。
5. モニタリング、プロジェクトの評価システムの向上
6. 村の生産性のアップ。キャトル・ローンにより1ヘクタール当たり
現在の30袋のメイズから40袋のメイズが生産できるようにする。
コメント 農民が最低一日二食の食事が出来ることが目標である。
これを達成できたわけではない。
7. 農民クラブのローンクレジット(キャトル・スキーム、メイズの種をメイズで返す)の
85パーセントの回収
8. 4つの穀物倉庫を建てる
9. HIVエイズ, STDの感染予防キャンペーン
これらのプロジェクトはすべて住民参加型で、建築物などは材料のみICAZが負担し、
実際の作業は農民クラブメンバーの手で直接行われている。

川で遊ぶ子供たち コレラの危険もいっぱい
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ザンビアの空手・カンフー熱は底なしである。彼らが唯一というか一番、一生懸命になる姿が見られる。
空手選手を大勢送り込むべきであると思われる。
それも松涛館のような伝統派ではなく極真会館や芦原会館のような実戦派が望ましい。
文化交流の意味だけならばいいのだが、プロを生み出すのに伝統派の寸止め空手は意味をなさない。
ある意味、空手や柔道よりもザンビア、南アフリカを始め色々な国でプロとして確立しているボクシングやキックボクシングの選手の方が良いと思われる。
語弊があるが努力をあまり信じない彼らが、努力を注ぐ偉大な瞬間である。
ある意味、プロを育てれば開発のなかでも、もっとも可能性のあるものになる確率は高い。
旧ソ連諸国や南米での空手やキックボクシング(K-1グランプリ)などの格闘技熱の盛り上がりようが証拠である。
これらの国のように世界に通用する選手が生み出せれば、経済的にも国自体の活力にもなる。
格闘技はサッカーとおなじく、良い意味での国を挙げての代理戦争なのだ。
私自身、空手黒帯というだけでおそろしくリスペクトされている。
しかしながら如何せん、彼らはアクロバットと格闘空手を混同し、真の格闘・武道体系を知らない。
簡単にいえば、力の流れを読むことと重心の移動である。
私の出来る範囲ですこしずつそれを伝え、後継者を育てられればと思っている。
また、村では月謝を取る気は今のところないが、たまに街でも有料で教えて、
村のプロジェクトに利益還元するなど、経済的な方面でも生かすべきであると考えている。

空手三昧!
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住めば都とはよく言うが、アフリカ生活が「楽しい」と感じる瞬間がどんどん増えてきた。
ようやくアフリカの何たるかが掴めてきているのかもしれない。
大自然でのアドベンチャー、多彩な個性豊かな民族、素朴さと荒々しさ。
元来、私はこういったワイルドな生活が大好きなのだ。
日本に比べいろいろな物が足りないアフリカ。
日本の戦後の焼け野原で国の再興を胸に仕事に打ち込んだ世代の人々の気持ちがわかるような気がする。
白いキャンバスに絵を描いていくは何よりも楽しい。
今の日本は何でもあるが、こういう意味での「やりがい」はなかなか見つけられるものではないのかもしれない。
アフリカが今のアメリカとも日本とも違う、
新しい進化をみせてくれるかもしれないという期待も込めて。
半年ほど前の「次にはこの国にもこの国にも行ってみたい」という感覚がなくなってきた。
どこに住んでも親切な人との素敵な出会いはあって、自分が一生懸命打ち込める、やるべきことはある。
アフリカは私にそれも教えてくれている。
当然エイズのようなアフリカならではの恐ろしさもたくさんあるが、
それらをも含めた上で、その土地と人々を好きでいられることが出来るということは、
なによりも貴重な能力である。
そこには「限りない優しさ」と「幸せでいられるための知恵」がある。

ザンビアの誇り ビクトリアの滝
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